私が観たり、聴いたりしたものの感想と日常のしょうもないことをウダウダと…
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オモシロモノ
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プロフィール
HN:
赤姫
性別:
女性
趣味:
映画・演劇・音楽鑑賞
自己紹介:
関西在住。生まれ育ちも関西のコテコテ(?)関西人。
洋画・洋楽・歌舞伎で育ったため(?)、ちょっと感覚がヘンかも……
野球好き。ご贔屓はロッテとやっぱり阪神。
別名(まーちゃん)で時々よそ様に出没。
赤姫とは…歌舞伎に出て来る典型的なお姫様。たいてい真っ赤な着物を着ていて、キラキラとした大きな銀の花櫛を鬘につけ、振る舞いもとても可愛いらしい。
子ども時代の私の憧れでありました。
洋画・洋楽・歌舞伎で育ったため(?)、ちょっと感覚がヘンかも……
野球好き。ご贔屓はロッテとやっぱり阪神。
別名(まーちゃん)で時々よそ様に出没。
赤姫とは…歌舞伎に出て来る典型的なお姫様。たいてい真っ赤な着物を着ていて、キラキラとした大きな銀の花櫛を鬘につけ、振る舞いもとても可愛いらしい。
子ども時代の私の憧れでありました。
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かうんたー
数え始め 2006/11/14
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1990年代のアルジェリア。
人里離れた山間の小さな村の修道院で、カトリックのシトー会に所属する修道士たちが共同生活を送っていた。
彼らは戒律を厳格に守り、貧しい人々とともに働き、病める者の面倒を見て日々過ごす。
修道士の1人、リュックは医者でもあり、近所から訪れる多くの人々を診察していた。
修道士たちはイスラム教徒である地元民とも良好な関係を築いていたが、アルジェリアは内戦の真っ只中にあり、暴力行為やテロがこの土地にも暗い影を落としていた。
やがて、修道院から程近くでクロアチア人労働者が殺される事件が起きる。
軍は修道士たちの保護を申し出るが、修道院長のクリスチャンはこれを辞退する。
奇しくもクリスマス・イブの夜、ついに過激派グループが修道院に乱入する。
負傷した仲間の手当てのために、リュックを連れ出そうとする過激派に、彼は診療所を訪れた人を診察するためにいるのだと、きっぱり断るクリスチャン。
そしてコーランを引用して、キリスト教徒とイスラム教徒が隣人であると説く。
一難去った後、アルジェリアを去るべきか否か、議論が交わされたが、意見はまとまらない。
各自でもうしばらく考えることになる。
大使館からは帰国命令が出ていることを告げられるが、地元住民に慰留され、クリスチャンは迷う。
殺される恐怖、断ちがたい人生への執着。
それぞれが、ひとりの人間として悩み苦しむ修道士たち。
この土地を出て行くか、留まるのか。
やがて彼らは採決の時を迎える……。
いや~、もう、寝不足で行くとヤバいね。
何か、前の晩寝つきが悪くって……じゃ、またにすればいいじゃないか、なんだけど、上映時間の変更やら諸事情あって、そうもいかなかったのです。
さて、無信心な私ですが、宗教がらみの映画は何故か結構見ている気がする。
まぁ、カソリックの司祭の服とかがツボだから…とか、不純な理由もあるのですが(笑)
自分にはあまりないものに対する疑問。
何故、彼らはそんなにも信じることが出来るのか?
会ったこともないのに。
どうして?
映画に出てくる大きな愛はおろか小さな愛にも巡り合ったことはないので、分からないこともいっぱいなのですが、何とも説明しにくいんですよね。
でも、スゴく見て欲しい。
アルジェリアで実際に起こった修道士たちの誘拐及び殺害事件をベースに描いている本作。
この事件には謎がいっぱいあるそうで、いまだにはっきりした犯人も分かっていない。
だけど、これは真実を追求し謎を解く、という類の映画ではない。
信仰というものも、もちろんだけど
生きるということ。
死ぬということ。
そう言ったことについて描かれているのではないかと、私は感じた。
神に何もかもささげた彼らも、やっぱり人の子であり、家族や友人と二度と会えなくなるかもしれないと思えば、恐怖に怯えるのだ。
クリスチャンが、書き残した手紙には、彼らを殺すであろう人間を最後の時の友と書いてある。
コーランにもキリスト教徒を自分たちの隣人だと書いてある。
宗教のもっとも大きなテーマは『赦し』だと思うのだ、個人的にだけど。
だから、テロのニュースを見聞きすると何故こんなに不寛容になってしまったのか…と思うことが多い。
いつまでも恨み続けたりすると、自分が苦しいのに。
とはいえ、なかなか他者を赦せないのも、また、人間である故かもしれない。
心を決めた彼らの、最後の晩餐の場面が素晴らしい。
何の台詞もないのだけど、そしておなじみの『白鳥の湖』の音楽こんなに心が揺さぶられるとは……
音楽として出てくるのはこの曲だけ。
後は彼らが祈りを捧げる讃美歌というのとはちょっと違うな~朗誦というらしいんだけど、のみ。
これがとても美しい。
んだけど、心地良過ぎ……寝不足の人は要注意!
人里離れた山間の小さな村の修道院で、カトリックのシトー会に所属する修道士たちが共同生活を送っていた。
彼らは戒律を厳格に守り、貧しい人々とともに働き、病める者の面倒を見て日々過ごす。
修道士の1人、リュックは医者でもあり、近所から訪れる多くの人々を診察していた。
修道士たちはイスラム教徒である地元民とも良好な関係を築いていたが、アルジェリアは内戦の真っ只中にあり、暴力行為やテロがこの土地にも暗い影を落としていた。
やがて、修道院から程近くでクロアチア人労働者が殺される事件が起きる。
軍は修道士たちの保護を申し出るが、修道院長のクリスチャンはこれを辞退する。
奇しくもクリスマス・イブの夜、ついに過激派グループが修道院に乱入する。
負傷した仲間の手当てのために、リュックを連れ出そうとする過激派に、彼は診療所を訪れた人を診察するためにいるのだと、きっぱり断るクリスチャン。
そしてコーランを引用して、キリスト教徒とイスラム教徒が隣人であると説く。
一難去った後、アルジェリアを去るべきか否か、議論が交わされたが、意見はまとまらない。
各自でもうしばらく考えることになる。
大使館からは帰国命令が出ていることを告げられるが、地元住民に慰留され、クリスチャンは迷う。
殺される恐怖、断ちがたい人生への執着。
それぞれが、ひとりの人間として悩み苦しむ修道士たち。
この土地を出て行くか、留まるのか。
やがて彼らは採決の時を迎える……。
いや~、もう、寝不足で行くとヤバいね。
何か、前の晩寝つきが悪くって……じゃ、またにすればいいじゃないか、なんだけど、上映時間の変更やら諸事情あって、そうもいかなかったのです。
さて、無信心な私ですが、宗教がらみの映画は何故か結構見ている気がする。
まぁ、カソリックの司祭の服とかがツボだから…とか、不純な理由もあるのですが(笑)
自分にはあまりないものに対する疑問。
何故、彼らはそんなにも信じることが出来るのか?
会ったこともないのに。
どうして?
映画に出てくる大きな愛はおろか小さな愛にも巡り合ったことはないので、分からないこともいっぱいなのですが、何とも説明しにくいんですよね。
でも、スゴく見て欲しい。
アルジェリアで実際に起こった修道士たちの誘拐及び殺害事件をベースに描いている本作。
この事件には謎がいっぱいあるそうで、いまだにはっきりした犯人も分かっていない。
だけど、これは真実を追求し謎を解く、という類の映画ではない。
信仰というものも、もちろんだけど
生きるということ。
死ぬということ。
そう言ったことについて描かれているのではないかと、私は感じた。
神に何もかもささげた彼らも、やっぱり人の子であり、家族や友人と二度と会えなくなるかもしれないと思えば、恐怖に怯えるのだ。
クリスチャンが、書き残した手紙には、彼らを殺すであろう人間を最後の時の友と書いてある。
コーランにもキリスト教徒を自分たちの隣人だと書いてある。
宗教のもっとも大きなテーマは『赦し』だと思うのだ、個人的にだけど。
だから、テロのニュースを見聞きすると何故こんなに不寛容になってしまったのか…と思うことが多い。
いつまでも恨み続けたりすると、自分が苦しいのに。
とはいえ、なかなか他者を赦せないのも、また、人間である故かもしれない。
心を決めた彼らの、最後の晩餐の場面が素晴らしい。
何の台詞もないのだけど、そしておなじみの『白鳥の湖』の音楽こんなに心が揺さぶられるとは……
音楽として出てくるのはこの曲だけ。
後は彼らが祈りを捧げる讃美歌というのとはちょっと違うな~朗誦というらしいんだけど、のみ。
これがとても美しい。
んだけど、心地良過ぎ……寝不足の人は要注意!
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