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私が観たり、聴いたりしたものの感想と日常のしょうもないことをウダウダと…
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プロフィール
HN:
赤姫
性別:
女性
趣味:
映画・演劇・音楽鑑賞
自己紹介:
関西在住。生まれ育ちも関西のコテコテ(?)関西人。
洋画・洋楽・歌舞伎で育ったため(?)、ちょっと感覚がヘンかも……
野球好き。ご贔屓はロッテとやっぱり阪神。
別名(まーちゃん)で時々よそ様に出没。

赤姫とは…歌舞伎に出て来る典型的なお姫様。たいてい真っ赤な着物を着ていて、キラキラとした大きな銀の花櫛を鬘につけ、振る舞いもとても可愛いらしい。
子ども時代の私の憧れでありました。
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スペイン内戦下のマドリード。
喜劇役者のホルヘは、裕福ではなかったが、愛する妻と息子と幸せに暮らしていた。
ある日、舞台を終え、家に帰る途中に爆撃に遭う。
家へと急ぐと、そこはがれきの山だった。

1年後、内戦が終わりホルヘが劇団に戻ってきた。
相方のエンリケと再会し、戦争で両親を失いエンリケに引き取られていたミゲルという少年とともに3人で暮らすことになる。
食料にも事欠く生活。
三人は何とか飢えをしのぎ、つつましく暮らす。
だが、ホルヘは、亡くした息子を思い出すからなのか同じ年頃のミゲルに冷たく当たってしまう。

スペイン内戦終了後、フランコ政権は反体制派に対して厳しい弾圧を行っていた。
行方不明になっていた一年の間に反フランコ派に関与したとして、ホルヘはマークされてしまう。
さらに、軍はホルヘの監視のため、劇団に内偵者として送り込む。
劇場や巡業先にやって来ては、軍人達が執拗に反体制派摘発の圧力をかける。
おびえるエンリケは、しきりに海外への脱出を主張するが、ホルヘは断り続ける。
ある日、劇場で上映されたニュースフィルムに、ミゲルは亡くなったはずの母親の姿を見つける。
喜ぶミゲルに、「期待するな」というホルヘだったが、ミゲルの母親を見つけ出し、一人で会いに行く。
彼女は、内戦のショック記憶を失ってしまっていた。
そんな彼女に、ホルヘはミゲルを見込があると褒め、自分が面倒をみると話す。
いつしか、ホルヘはミゲルを息子のように思い始めていたのだ。
そして、「いつか、2人だけのネタを作ろう」とミゲルに約束するホルヘ。
ミゲルの存在が、彼の心の傷をいつしか癒していたのだ。
ある日、軍の命令で、ホルヘ達の劇団は独裁者フランコ総統の前で公演を行うことになる。
いよいよ本番が迫った時、ある陰謀が明らかになる。
それを知ったホルヘは、ミゲルとエンリケとともに、ついにブエノスアイレスへ脱出することを決意する。
彼らに待ち受ける未来とは!?

また、日にちが空いてしまいました<(_ _)>
週末、ウチにいるのにビッ■カメラにいるかと思うくらい息苦しくて……
鬱ですか……やっぱ;;

さて、劇場でビックリしたのは混んでる!ってこと。
だって、スペイン映画だよ!!
そんなに評判の作品だったのか~知らなんだ;;

もう、あらすじの通り(コラコラ;;)
心に傷を負ったおじさんが、これまた心に傷を負った少年との交流を通して立ち直っていく話。
おじさんも少年もね。
スペイン内戦とか映画にはよく出てくるのですが、正直言ってあんまりよく知らなくって……;;
不勉強で申し訳ない。
フランコ政権もファシズムなのかな。
強大な力を持った権力者というのは、ま、そういう人が必要な時もあると思うんだけど、いつまでも力を持っていると厄介なんだよね。
喜劇っていうのは、やはり風刺劇なんだな~と。
チャップリンの独裁者しかり、モンティ・パイソンしかり。
それが、彼らの戦う手段なんだね。
話はちょっとそれまして
エンリケ役はロスト・アイズの素敵な旦那様だった人。
この人、芸人でGAY人なんだね。
バーでかな、ウェイターが彼を気遣ってそっと手に触れるんだけど、その返事にそっと、ホントにそっと指に触れるのが、うぁあっ!!ってなってしまいました。
私だけ?
何か、メッチャ切ないやん(@_@。
今でも、なかなか大っぴらにするのは難しかったりすることですけど、この時代だと命にかかわるだろうしね。
ナチス・ドイツみたいに排除すべき対象になっていたと思われる節がうかがえます。

とりあえず、踏ん張って生きよう。
そうすれば、も少しマシな明日が来るかもしれない。
もちろん、来ないかもしれないんだけど……
それでも、希望と楽しみは持ってなきゃ………という映画、ではないかも;;
人は人が癒す。ということかな。
喜劇とか音楽とかも、やっぱ人が作りだすものだしね。
うぅむ。
見てから時間が経ってしまったので、その時感じた通りに書けていない気がします(-_-;)
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ちょっと見た順番と前後しますが、早くご紹介したいので。
お話は
ローマに住む作家志望の青年トンマーゾ。
実家は南イタリアのレッツェにある老舗のパスタ会社。
兄のアントニオの新社長就任が決まり、共同経営者一族の晩餐会が開かれることになり、里帰り。
彼には三つの秘密があった。
一つは、経営学部ではなく文学部を卒業したこと。
二つ目は、小説家になりたいこと。
そして三つ目は最大の秘密……(予告で言ってるから書いちゃうね)自分はゲイだということ。
みんなの前で発表する前に、先にアントニオにそれを打ち明けた。
黙っていればいいじゃないかという兄に「勘当されれば自由になる」というトンマーゾ。
そして、いよいよその時がやって来た。
が、アントニオが先を制して驚愕の告白をしてしまう。(これまた予告にあるから書いちゃうよ)
「僕はゲイだ。」
父ヴィンチェンツォは激怒しアントニオを勘当、ショックのあまり、そのまま倒れてしまう。
何とか持ち直したヴィンチェンツォは、トンマーゾにすがりつく、「お前しかいない」と。
秘密を告白することも出来ず、工場経営も任されることになったトンマーゾ。
一家に平和は訪れるのか?
トンマーゾの作家になるという夢はどうなってしまうのか?

マドンナも大絶賛という本作。
本当に音楽の使い方も最高、ストーリーも◎です。
まあ、目新しいテーマはないといえば、そうなんですけど。

冒頭、荒れ野を行くウェディングドレス姿の美女。
もう、これだけでグッと掴まれちゃいますね。
これは、祖母の回想であると分かるのですが、ここもですが、何度かある回想シーンはセリフが全くないのです。
だけど、何かスゴく伝わって来るものがある。
元々原題は“MINE VAGANTI”浮遊機雷のことだそう。
まぁ、地雷の海版というか……ブイみたいな感じで海をプカプカ漂っていて、船が触れるとドカーン!という。
つまり、いつ何をしでかすか分からない人、というような意味らしいです。
で、これはおばあちゃんのこと。
パッと見、そんな感じは全然しないおばあちゃんなのですが、回想シーンで過去が明らかになるにつれて、だんだんと分かって来る気もします。
パスタのことも経営のことも全然分からないながらもとりあえず父のために頑張るトンマーゾ。
共同経営者の美人だけど変わり者らしいアルバとも、いい雰囲気になるんですけど、もちろんいい仲になったりはせず。(なったらどうしようかとドキドキした;;)
アルバの方はどうも彼に思いを寄せているようなのですけどね。
記念のパスタ作りのために四苦八苦しているトンマーゾの元に、ローマから友人達がやって来ます。
その中には恋人のマルコの姿も。
海でのバカンスに行く途中、ちょっと立ち寄ったという体なのですが、家族に引き留められ泊ることに……
どう見たってゲイゲイしいんだけど、一応頑張って隠そうとするところも、笑わせてくれます。
ここまで、割とシリアスに進んでいたストーリーですが、彼らの登場でグッとコメディ寄りに。
それと、本当に画面が明るくなる。
それまでも、アルモドバル・チックな色遣いで(叔母さんの真っ青なガウンとか)華やかなんだけど、本当にパーっと明るくなるのです。
陽気な踊り子さん達(海でのシーンが好き!)が、帰った後、トンマーゾの中で何かが変わる。
姉が実は自分のことをゲイだと気づいていたと知ったり、祖母が兄のことを知っていたことを知ったり、本当の姿で生きる友人達を見たり。
何が自分の幸せなのか?を考え始める。
おばあちゃんは言う「人の望み通りの人生なんてつまらないわ」
そして、それは、そう生きざるを得なかったおばあちゃんの本当の気もちだったのだろう。
後悔し続ける人生なんて、きっと辛いばかり。
人を恨んだり、勇気のなかった自分を恨んだりして、年月を過ごすなんて……
家族だから、言えないこともたくさんある。
だけど、家族だから、いつかは分かりあえるんじゃない?
まぁ、本当のところはどうなのか分からないんですけど、そうであって欲しいよね。
何だかよく分からない邦題なんですけど、明日は今日よりもちょっぴり上手く生きられるようになる、かもしんない。
という、希望が込められているのかもしれない。
この映画のラストを見ると、そう思う。

この映画、初めに書いたとおり音楽がとってもいい。
中でも何だか懐かしい響きのこの曲は、観終わった後、頭の中をグルグルすること間違いなし。


ども。ご無沙汰です。
久々に帰省など致しまして……ま、帰省っていうのもちょっと違うかな~って感じもしますけど;;
行く前に観たものや帰って来てから取り急ぎ観たものが、まだ書けてないままちょっと溜まっちゃってますので、ぼちぼち書いていきたいと思います。

デンマークに住む医師のアントンは、アフリカで、キャンプに避難している人々の治療を行っている。
患者の中には妊婦の腹を切り裂く悪党“ビッグマン”の犠牲者もいた。
ビッグマンは妊娠している子どもの性別で賭けをしているのだ。
母マリアンと弟のモーテンと暮らしているエリアスは、毎日学校でいじめられていた。
彼の父親はアントンだった。
父の帰国を喜ぶエリアスだが両親は今別居中だ。
ある日、クリスチャンが、エリアスのクラスに転校してくる。
彼は母親を亡くし、祖母の住むデンマークに父親とやって来たのだ。
その放課後、イジメっ子のソフスにエリアスは絡まれ、クリスチャンも巻き添えを食ってしまう。
翌日、クリスチャンはソフスに不意打ちで殴りかかる。
ソフスの怪我が表沙汰になり、呼び出された父親のクラウスは、仕返ししてもきりがないと諭すがクリスチャンには通じない。
帰国したアントンが、子供たちとクリスチャンを連れて出掛けた時、モーテンがよその子と公園でケンカになった。
止めに入ったアントンは、駆けつけた相手の子の父親に、理由も訊かれずに殴られてしまう。
翌日、クリスチャンとエリアスが自分を殴った男ラースの居場所を見つけたと聞いたアントンは、子供たちと訪れる。
殴った理由を問いただすアントンに、ラースは再び殴りかかるが、アントンは決して手を出とず、屈しない姿を子供たちに見せた。
帰り道、ラースを殴るしか能のない愚か者だと言うアントンに、エリアスとモーテンは同調するが、クリスチャンは納得出来ない。
アントンがアフリカへと戻った後、家で大量の花火を発見したクリスチャンは、爆弾を作ってラースに復讐しようとエリアスに持ち掛ける。
一方、アフリカのキャンプでは脚に怪我を負ったビッグマンがやって来る。
アントンは周囲に反対されながらもビッグマンの治療を行うのが……

難しい問題です。
確かに、やり返したってキリがないし、やり返すことで自分も同じ種類の人間になった気がして嫌な気分です。(ならない人もいるんだろうけど)
まぁ、殴られたら殴り返すことは出来るけど、イジメってそういう単純な形ではなかったりするし……
クリスチャンの思うことは分かる。
自分がいじめる相手よりもさらに上の立場になれば、もう誰も自分に構わない。
でもねぇ……
何だか下等な人間になった気がする。
ま、多分、自分で納得するために、そんな人達を下に見るようにして生きてきたからだろうけど。
ちょっと、ビックリしたのはエリアスがスウェーデン人だからとデンマークでいじめられていること。
何でも、ネタになるのだろうけど、私達から見ると違いなんてあんまり分からないんだけどね~
北欧の人だ~って感じやけど。
私達から見ると中国の人や韓国の人が自分達と違っていることがよく分かるけど、欧米人には一緒くたっていうのと同じなんだろうね。
それは置いといて
本当に何でもネタになるし、いちゃもんつける人はいつだって何にでもいちゃもんつける訳で。
それをいちいち相手にしてたらキリがない。
殴られたから殴り返すってことを繰り返してたら、どっちかが死ぬか、どっちかがバカらしくなって止めないと終わりがない。
それに、世の中何が起きるか分からないから、自分が復讐したい相手だけに復讐出来るのか分からない。
仇討ちが延々続きそうなのも、相手だけに影響が出るんじゃないからでしょ。
それどころか、何の関係もない人を巻き込んだりするかもしれない。
そしたら、やっぱり、自分がバカで許せない、と思うんだな。
多分ね。
クリスチャンが爆弾を仕掛けるって言った時、エリアスはイマイチ乗り気じゃなくってアントンに電話をかけて相談したかったんだけど、アントンの方でも大変なことがあって、話をいい加減に聞いて切っちゃうんだね。
で、エリアスはクリスチャンに押される形でやるって言うんだけど、それが思いがけない結果に……
やっぱりね、「人を呪わば穴二つ」ってことなんだと思うんですよ。
だから、自分がバカを見ないうちに恰好よく『赦し』とこう、っていうのもアリだと思うんですけどね。
なかなか、気持ちのやり場が難しいけど。
アフリカで、アントンが“ビッグマン”を医師として治療したのは、それで正しかったと思うし、その後したことは人の気持ちとしてよく分かる。
気もちって、善悪とか正しいか間違ってるかとか、そういうことできっちり線引き出来ないものだと思うのだな。

さて、未来を生きる子供たちの話な訳ですが、『レイン・オブ・アサシン』でお坊さんが言った言葉を思い出す。
本当は、まぁ、“未来”にも生きているだろうという見込みな訳で……
「未来は現在になり、現在は過去になる。人は今を生きるのみ。」
とりあえず、今を乗り切っていくしかないのかな~
来る筈の未来を信じて。
明の時代。
謎の暗殺組織・黒石に所属する女刺客の細雨は、自らの過去と決別するため、黒石が盗み取った達磨大師のミイラと共に姿を消す。
武術の奥義を究めたインドの王子、達磨大師。
伝説ではその遺体を手に入れた者は武術界の覇者となると言われていた。
細雨は顔を変え、曽静という新たな名前を名乗り、都の片隅で商売を始める。
そして、そこで出会った心優しい配達人の阿生と結婚し、つつましいながらも幸せに暮らしていた。
しかし、あるきっかけで曽静の身元が黒石に知られてしまう。
ひたひたと迫り来る凄腕の殺し屋達。
彼女は人生のすべてを懸け、最強の暗殺組織との壮絶な戦いに身を投じる。

ジョン・ウーが共同とはいえ監督しているというのも、ウリなのかな?
豪華アジアスター競演という感じですね。
曽静役のミシェル・ヨーは現代的なアクションのイメージがあって、こういう時代物の女性剣士という役柄は初めて見ました。(グリーン・デスティニーは何故か観てない)
阿生役はチョン・ウソン。
自分で喋ってるのかな?
違和感のない中国語にビックリ。
ストーリーもアクションも漫画みたいですが、それはそれでいいと思います。
時代劇にはリアリティーよりも様式美を重んじた立ち回りが似合います。
細雨=曽静の使う璧水剣(こんな字だったかな;;)が、あり得へん曲がり方で剣をかわして相手を刺してもいいんです。
ただ、どんでん返しとなる筈のところが、予告編でちょっと察しがついちゃったかな~?
あまり驚きはなかったです。
曽静が阿生に「本当に私を愛したことがあったの?」と尋ねるシーンが入ってるんですね。
とりあえず、亭主の阿生は実は彼女の敵だったんだな……と、分かってしまいます。
まぁ、もう一捻りあったんですけどね。
登場人物が多いせいか、裏の顔と表の顔とか、整形前整形後で人が増えちゃうし、ちょっと詰め込み過ぎてまとめ切れなかった感じはあります。
「スッゴイ、よかった!」という映画でもないですが、「チクショ―、金返せ!」という映画でもありません。
「あぁ、やっぱりミシェル・ヨーは恰好いいわね(*^。^*)」というので満足な私のような人なら合格点でしょ。

それにしても、整形手術の方法が怖い(@_@;)
いや~いくら顔を変えたくても、あれはなかなか……余程の決意と見てとれますね。
しかし、普通の顔になって街に紛れたいって……無理でしょ、個人的には整形前より(ごめんね、ケリー・リン)後の方が美人よ。
紛れない、紛れない(~_~;)
1983年のイタリア、ミラノ。
労働組合員ネッロは正義感が強く、活動に対して情熱を傾けていた。
しかし、やや行き過ぎた情熱が災いし、所属していた組合から異動を命じられる。
そこは、元精神病院の患者達の協同組合。
新しく制定されたバザリア法によって精神病院を出された者達の集まりだった。
仕事はあるものの行政の郵便物に切手を貼るというような、“施し”のような仕事のみ。
彼らの無気力ぶりに、精神病患者に先入観のないネッロは彼らを労働者とみなし、もっといい仕事をして稼がないかと持ちかける。
みんなを集めて会議を開くが、意見はバラバラで、なかなかまとまらない。
しかし、何とか床貼りの仕事に決まる。
ネッロは彼らとともにこの無謀な挑戦を始めるが、注文はなかなか入らない。
やっともらった仕事でも失敗続き。
しかし、ある日床材が足りなくなるというアクシデントが、彼らの人生を変えるようなチャンスになる!

台風とかで、なかなか行けなくって、この間やっと観てきました。
原題は“Si Puo Fare”で、「やればできる」という意味だそう。
協同組合の初会議で仕事を決める時、とんでもない意見も出るのですが、ネッロは“Si Puo Fare”と言って、頭から否定するようなことはしません。
ボヤ~っと切手を貼ったりしている彼ら。
その切手もあっちこっちに貼られているように見えます。
元々入院していた病院の片隅で活動する彼ら、組合も病院長が管理しています。
ということで、元患者達には入院していた頃とあまり変わらない対応が取られていました。
薬も院長の処方で与えられ続けています。
最初は部外者のネッロになかなか心を開いてくれない元患者達ですが、彼の熱心さや自分達を特別視しないところが気に入ったのか、次第に打ち解けて行きます。
そして、下手くそな切手の貼り方の秘密を明かしてくれるのです。
そのことでネッロは彼らの芸術センスを見抜き、床貼りの仕事を思いつくのです。
ネッロが葬式に出かけた日、現場で材料が足りなくなるアクシデントが起きます。
そこで、彼らは廃材をモザイク状にすることで隙間を埋めるのです。
注文通り出来上がらなかった床を見て、ネッロは慌てますが、依頼主は以外にも気に入り、他も任せたいと言い出します。
彼らの貼る芸術的な床は大評判。
ネッロは病院の片隅という環境では本当の自立は出来ないと思い、場所を借り、また、多過ぎる薬の処方を考え直してくれる医師を彼らの担当にします。
外に出た彼らは色々なことに出会います。
恋もしたり。
ただ、世馴れていない彼らに、それゆえの悲劇も降りかかってしまいます。
そのことで、自分は彼らのことを何も分からずにただ、がむしゃらなだけだった……と、深く悲しむネッロは組合を去ってしまいます。
そして、嫌っていた男の下で仕事をすることに。

最後のどんでん返し、でもない、大逆転?違うな。
とにかく、スカッとするラスト。
悲喜こもごも。
イタリア映画らしい、イタリア映画かな……と思います。

仕事に関して、嫌々なんだし、もらえるお金は変わらないんだし、そんなに一生懸命やることない、という彼らにネッロはスゴく怒る訳なんですけど。
正直言って私もそういう感じで仕事してるな~
なかなか、頑張ろう!と思える仕事を出来ることって世の中には少ないですよね?
そんでも頑張らなきゃいけないと言われるのでしょうけど。
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