私が観たり、聴いたりしたものの感想と日常のしょうもないことをウダウダと…
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オモシロモノ
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プロフィール
HN:
赤姫
性別:
女性
趣味:
映画・演劇・音楽鑑賞
自己紹介:
関西在住。生まれ育ちも関西のコテコテ(?)関西人。
洋画・洋楽・歌舞伎で育ったため(?)、ちょっと感覚がヘンかも……
野球好き。ご贔屓はロッテとやっぱり阪神。
別名(まーちゃん)で時々よそ様に出没。
赤姫とは…歌舞伎に出て来る典型的なお姫様。たいてい真っ赤な着物を着ていて、キラキラとした大きな銀の花櫛を鬘につけ、振る舞いもとても可愛いらしい。
子ども時代の私の憧れでありました。
洋画・洋楽・歌舞伎で育ったため(?)、ちょっと感覚がヘンかも……
野球好き。ご贔屓はロッテとやっぱり阪神。
別名(まーちゃん)で時々よそ様に出没。
赤姫とは…歌舞伎に出て来る典型的なお姫様。たいてい真っ赤な着物を着ていて、キラキラとした大きな銀の花櫛を鬘につけ、振る舞いもとても可愛いらしい。
子ども時代の私の憧れでありました。
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かうんたー
数え始め 2006/11/14
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1961年、ロンドン郊外のトゥイッケナムで暮らすジェニー。
彼女はこの町の私立学校に通う16歳。
両親は、苦手なラテン語以外は成績優秀なジェニーがオックスフォード大学に進学するのを期待している。
楽団でチェロを弾くジェニーだが、父にとってはそれも趣味・特技の欄に書くためのもの。
練習する必要はないと言うが、団体行動が出来ると示すために楽団には所属し続けるように言う父親に理不尽さを感じていた。
寝室でシャンソンに耳を傾け、フランスに憧れ、ロマンティックな恋を夢見るジェニー。
現実はロマンティックには程遠く感じられたが、大学に入れば変わるかもと思っていた。
そんな彼女の生活・人生がある日一変する。
楽団の練習の帰り道、どしゃぶりの雨の中立ち尽くすジェニーに、高級車を運転する見知らぬ男性が声をかける。
「チェロが心配だ。チェロだけ載せるから車の脇を歩いて。信用できないならチェロに見合うお金を預けておくよ」。
自宅までの僅かな距離を歩く間に、彼の紳士的な態度や物腰、ウィットに富んだ言葉が、ジェニーの心を捉え、いつの間にか、彼女は彼の隣のシートに座っていた。
デイヴィッドとの出会いはこうして始まった。
雨の日の出会いから数日後、ジェニーは街角でデイヴィッドを見かけ、声をかける。
音楽会と夕食に誘われ、喜ぶジェニーだが、問題は堅物の父親だった。
父親が、許してくれっこないと彼女は思っていた。
ところが金曜の夜、迎えにやって来ると、巧みな話術でたちまち父親の信頼を得たデイヴィッドにジェニーは驚く。
友人で仕事仲間のダニー、その恋人ヘレンに紹介され、ナイトクラブや絵画のオークションに同行したジェニーは、大人の世界にすっかり魅了されていく。
彼女は生まれて初めて、“人生を楽しむ”ということを知り、同時にこれまでの自分の人生をつまらなく思うようになる。
デイヴィッドにますます恋をしていくジェニー。
オックスフォードへの週末旅行で見た彼の一面にジェニーはショックを受け、離れようとするが、上手く言いくるめられてしまう。
17歳の誕生日を迎えたばかりの彼女に、重大な選択が迫られる。
舞台は1961年。
ということで、ビートルズ登場の直前。
やっぱり何か違っているんでしょうか?
まだ、戦後を引きずっているだろうし、イギリスの空と同じ、どこか陰鬱な雰囲気は画面から伝わってくる。
16歳の女の子って、こんなもんなんですか?
そうなんだろうなぁ…
自分を基準にするとよく分からないですね;;
まぁ、確かに背伸びしたいお年頃でしょう。
父親は自分は大卒でないことがコンプレックスなのか、娘には何が何でもオックスフォード!という感じだし。
でも、年代からそして後にジェニーが校長や小論文担当の先生に言うように、大学に行ったからって女なんてせいぜい教師止まりじゃないの!!という。
父親も、大学を出していい職に就いてもらって…というよりは、将来性のある男を捕まえてこいって感じだし。
いわゆる『クラス』というのが、(もちろん今もあると思うけど)根強くはびこっていた時代を背景にしているのです。
私も恋愛たら何たらの経験値はほぼゼロとはいえ、長い間生きてるだけあってか、こんな口八丁手八丁みたいな男絶対信用出来ねぇ!!と思うのだが、親を上手くだまくらかしちゃうとか、恰好よく見えちゃうんだろうね~
詐欺まがいの仕事をしてると知った時も、一度は拒絶するものの正直に打ち明けられるとジェニーはすぐに折れてしまう。
“私には”正直に話してくれた。
そう思うのかな?
そのことの優越感なのか、自分を特別に思ってくれているという勘違いなのか……
まぁ、恋なんて勘違いで成り立っていると思うのですが……
『秘密』がこれだけの筈がない、と私なら思うのですが、若いから気付かないのか、好きだから目を瞑ってしまうのか。
ついにデイヴィッドからのプロポーズを受け、一世一代の決断をした彼女を待っていたのは、最低で最悪の嘘だった。
だけど、彼女は凛として立ち直っていく。
高い授業料を払って得た、痛みを伴う経験は彼女をより賢くししたたかにしていくだろう。
何にしても、“助けを求める”ことが出来る、その強さがうらやましい。
エンドロールDUFFYの歌が、沁みます。
彼女はこの町の私立学校に通う16歳。
両親は、苦手なラテン語以外は成績優秀なジェニーがオックスフォード大学に進学するのを期待している。
楽団でチェロを弾くジェニーだが、父にとってはそれも趣味・特技の欄に書くためのもの。
練習する必要はないと言うが、団体行動が出来ると示すために楽団には所属し続けるように言う父親に理不尽さを感じていた。
寝室でシャンソンに耳を傾け、フランスに憧れ、ロマンティックな恋を夢見るジェニー。
現実はロマンティックには程遠く感じられたが、大学に入れば変わるかもと思っていた。
そんな彼女の生活・人生がある日一変する。
楽団の練習の帰り道、どしゃぶりの雨の中立ち尽くすジェニーに、高級車を運転する見知らぬ男性が声をかける。
「チェロが心配だ。チェロだけ載せるから車の脇を歩いて。信用できないならチェロに見合うお金を預けておくよ」。
自宅までの僅かな距離を歩く間に、彼の紳士的な態度や物腰、ウィットに富んだ言葉が、ジェニーの心を捉え、いつの間にか、彼女は彼の隣のシートに座っていた。
デイヴィッドとの出会いはこうして始まった。
雨の日の出会いから数日後、ジェニーは街角でデイヴィッドを見かけ、声をかける。
音楽会と夕食に誘われ、喜ぶジェニーだが、問題は堅物の父親だった。
父親が、許してくれっこないと彼女は思っていた。
ところが金曜の夜、迎えにやって来ると、巧みな話術でたちまち父親の信頼を得たデイヴィッドにジェニーは驚く。
友人で仕事仲間のダニー、その恋人ヘレンに紹介され、ナイトクラブや絵画のオークションに同行したジェニーは、大人の世界にすっかり魅了されていく。
彼女は生まれて初めて、“人生を楽しむ”ということを知り、同時にこれまでの自分の人生をつまらなく思うようになる。
デイヴィッドにますます恋をしていくジェニー。
オックスフォードへの週末旅行で見た彼の一面にジェニーはショックを受け、離れようとするが、上手く言いくるめられてしまう。
17歳の誕生日を迎えたばかりの彼女に、重大な選択が迫られる。
舞台は1961年。
ということで、ビートルズ登場の直前。
やっぱり何か違っているんでしょうか?
まだ、戦後を引きずっているだろうし、イギリスの空と同じ、どこか陰鬱な雰囲気は画面から伝わってくる。
16歳の女の子って、こんなもんなんですか?
そうなんだろうなぁ…
自分を基準にするとよく分からないですね;;
まぁ、確かに背伸びしたいお年頃でしょう。
父親は自分は大卒でないことがコンプレックスなのか、娘には何が何でもオックスフォード!という感じだし。
でも、年代からそして後にジェニーが校長や小論文担当の先生に言うように、大学に行ったからって女なんてせいぜい教師止まりじゃないの!!という。
父親も、大学を出していい職に就いてもらって…というよりは、将来性のある男を捕まえてこいって感じだし。
いわゆる『クラス』というのが、(もちろん今もあると思うけど)根強くはびこっていた時代を背景にしているのです。
私も恋愛たら何たらの経験値はほぼゼロとはいえ、長い間生きてるだけあってか、こんな口八丁手八丁みたいな男絶対信用出来ねぇ!!と思うのだが、親を上手くだまくらかしちゃうとか、恰好よく見えちゃうんだろうね~
詐欺まがいの仕事をしてると知った時も、一度は拒絶するものの正直に打ち明けられるとジェニーはすぐに折れてしまう。
“私には”正直に話してくれた。
そう思うのかな?
そのことの優越感なのか、自分を特別に思ってくれているという勘違いなのか……
まぁ、恋なんて勘違いで成り立っていると思うのですが……
『秘密』がこれだけの筈がない、と私なら思うのですが、若いから気付かないのか、好きだから目を瞑ってしまうのか。
ついにデイヴィッドからのプロポーズを受け、一世一代の決断をした彼女を待っていたのは、最低で最悪の嘘だった。
だけど、彼女は凛として立ち直っていく。
高い授業料を払って得た、痛みを伴う経験は彼女をより賢くししたたかにしていくだろう。
何にしても、“助けを求める”ことが出来る、その強さがうらやましい。
エンドロールDUFFYの歌が、沁みます。
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神と人が共存していた神話の時代。
欲望のままに行動する神々に愛想を尽かしたアルゴスの王はゼウスの像を引き倒し、神々に戦いを挑む。
その場に居合わせたのは、赤ん坊の頃、漁師に引き上げられその息子として育てられたペルセウス。
漁に出ていた彼と家族は、冥界の王ハデスの人間への報復に巻き込まれ、彼を残して育ててくれた両親も妹も死んでしまった。
ゼウスに人間に厳しくするべきだと進言するハデス。
その言葉を受けてゼウスはハデスに全権を任せる。
ハデスはアルゴスの宮殿に現れ、兵士達を次々と犠牲にし、王女アンドロメダを生贄に差し出さなければ、怪物クラーケンに襲わせると宣告する。
海からアルゴスの生き残った兵士に引き上げられ、その場に居たペルセウスは、ハデスの攻撃を耐えたことから、デミゴッド(半神半人)だと兵士たちに責められる。
もちろん、彼は知らなかったのだが、その通り、ゼウスの子供だったのだ。
人々を救うため、そして家族の敵を討つため、ペルセウスは旅に出る。
しかしそれは、怪物達が待ち受けるあまりにも過酷な道のりだった……
オリジナル版は残念ながら、見たことがないので比べようもないのですが、“レジェンド”レイ・ハリーハウゼンと比べても仕方ないですよね。
パーシー・ジャクソンでギリシャの神々についてはちょこっと予習が済んでいたのも幸いしました。
若者の成長物語であり、冒険物語であり、大した中身があるわけでもないのですが、テンポがいいし、キャラが立ってるのでダレずに楽しく見られます。
少年時代はあんなに可愛かったのに、何で目と目の間が離れちゃったのかしら、ペルセウス?とか。
イクサス(彼が私のお目当てハンス・マシソン)って、愛されキャラすぎじゃないかしら?とか。
ジェイソン・フレミングってもう長い間まともな人間の役で見てないんじゃないかしら?とか。
(あくまで、この)アンドロメダ程度の容姿でアフロディーテにも勝るなんて、アフロディーテにガッカリだよ;;とか。
三途の川からの帰りはどうするとかあんなに言ってたのにどうやって帰ってきたのか、全くスルーなところとか。
興味深い(ツッコミ)所も満載です。
最後に都合よく、実はいい者だったんだよ~てな顔をする父ちゃん(ゼウス)と息子(ペルセウス)の和解ですが、俺の息子だからと、あの女を伴侶にくれてやるというのは……
親子だから好みは一緒だろ?って、ことなんですか!?
あ、武器庫で置いていかれちゃうあのアイテムは、オリジナル版には登場するのだそう。
なるほど、オリジナルをちゃんと分かってるけどオリジナルとは違うんだよ、という意思表示なのか?
見てみたいな、オリジナル。
ところでさ、CLASH OF THE TITANS TOURって、あったよね?
欲望のままに行動する神々に愛想を尽かしたアルゴスの王はゼウスの像を引き倒し、神々に戦いを挑む。
その場に居合わせたのは、赤ん坊の頃、漁師に引き上げられその息子として育てられたペルセウス。
漁に出ていた彼と家族は、冥界の王ハデスの人間への報復に巻き込まれ、彼を残して育ててくれた両親も妹も死んでしまった。
ゼウスに人間に厳しくするべきだと進言するハデス。
その言葉を受けてゼウスはハデスに全権を任せる。
ハデスはアルゴスの宮殿に現れ、兵士達を次々と犠牲にし、王女アンドロメダを生贄に差し出さなければ、怪物クラーケンに襲わせると宣告する。
海からアルゴスの生き残った兵士に引き上げられ、その場に居たペルセウスは、ハデスの攻撃を耐えたことから、デミゴッド(半神半人)だと兵士たちに責められる。
もちろん、彼は知らなかったのだが、その通り、ゼウスの子供だったのだ。
人々を救うため、そして家族の敵を討つため、ペルセウスは旅に出る。
しかしそれは、怪物達が待ち受けるあまりにも過酷な道のりだった……
オリジナル版は残念ながら、見たことがないので比べようもないのですが、“レジェンド”レイ・ハリーハウゼンと比べても仕方ないですよね。
パーシー・ジャクソンでギリシャの神々についてはちょこっと予習が済んでいたのも幸いしました。
若者の成長物語であり、冒険物語であり、大した中身があるわけでもないのですが、テンポがいいし、キャラが立ってるのでダレずに楽しく見られます。
少年時代はあんなに可愛かったのに、何で目と目の間が離れちゃったのかしら、ペルセウス?とか。
イクサス(彼が私のお目当てハンス・マシソン)って、愛されキャラすぎじゃないかしら?とか。
ジェイソン・フレミングってもう長い間まともな人間の役で見てないんじゃないかしら?とか。
(あくまで、この)アンドロメダ程度の容姿でアフロディーテにも勝るなんて、アフロディーテにガッカリだよ;;とか。
三途の川からの帰りはどうするとかあんなに言ってたのにどうやって帰ってきたのか、全くスルーなところとか。
興味深い(ツッコミ)所も満載です。
最後に都合よく、実はいい者だったんだよ~てな顔をする父ちゃん(ゼウス)と息子(ペルセウス)の和解ですが、俺の息子だからと、あの女を伴侶にくれてやるというのは……
親子だから好みは一緒だろ?って、ことなんですか!?
あ、武器庫で置いていかれちゃうあのアイテムは、オリジナル版には登場するのだそう。
なるほど、オリジナルをちゃんと分かってるけどオリジナルとは違うんだよ、という意思表示なのか?
見てみたいな、オリジナル。
ところでさ、CLASH OF THE TITANS TOURって、あったよね?
といえば、個人的にはやっぱりこれなんです。
トワイライトでは、つまんねぇ役でエージェントは何やってるんだよぉぉ(―_―)!!
と、思っていました。
マイレージではちょこっとカラオケ歌ってくれただけですが、こんなに上手なんですよ。
この映画「CAMP!」は、前にも書いた気がしますけど、ホントにおススメです。
何か、ちょっと、しょぼっとしちゃったな~という時にぜひ。
あ、歌っているのは確か「COMPANY」の「Ladies Who Lunch」です。
トワイライトでは、つまんねぇ役でエージェントは何やってるんだよぉぉ(―_―)!!
と、思っていました。
マイレージではちょこっとカラオケ歌ってくれただけですが、こんなに上手なんですよ。
この映画「CAMP!」は、前にも書いた気がしますけど、ホントにおススメです。
何か、ちょっと、しょぼっとしちゃったな~という時にぜひ。
あ、歌っているのは確か「COMPANY」の「Ladies Who Lunch」です。
1763年、ヴェネツィアの教会。
ユダヤ人の子供たちが並んで洗礼を受けている。
自分もユダヤ人であるジャコモ・カサノヴァは、儀式を苦々しく見つめていた。
少年エマヌエーレは、改宗する決心がつかず、洗礼の列から離れるが、足を踏み入れた図書館で『神曲』と出会う。
美しいベアトリーチェの挿絵に魅了された彼は、書物を読む自由と引き換えに、洗礼を受け入れた。
こうして、エマヌエーレはロレンツォ・ダ・ポンテと改名した。
青年となったダ・ポンテは、神父でありながら、カサノヴァを師と仰ぎ、放蕩三昧の日々。
また、文筆の才能を発揮し、教会の権力を皮肉る過激な作品を発表することもあった。
秘密結社にも属していたことがバレて、教会に反逆したとしてヴェネツィアからの15年間の追放を言い渡される。
カサノヴァはダ・ポンテに、ウィーンに行くことを薦め、イタリア生まれの作曲家アントニオ・サリエリへの紹介状を託す。
ウィーンについたダ・ポンテはサリエリを訪ねる途中、モーツァルトと出会う。
オペラのリハーサルを行なうサリエリを訪ねたダ・ポンテは、そこで皇帝ヨーゼフ二世に紹介される。
放蕩者との噂のダ・ポンテに興味を抱いた皇帝は、彼にモーツァルトと組んでオペラの新作を書くように言う。
ダ・ポンテの台本による《フィガロの結婚》は大評判となり、皇帝にも気に入られた。
数年後、今やウィーンの人気劇作家となったダ・ポンテは、愛人にした人気歌手フェラレーゼを伴ってカサノヴァを訪ねた。
彼は回顧録を執筆している最中だった。
カサノヴァは、新版《ドン・ジョヴァンニ》をモーツァルトと作るように、ダ・ポンテに助言する。
ダ・ポンテはサリエリと一緒にモーツァルト宅を訪れ、その計画を話す。
しかし、すでに何度も舞台化されていると、乗り気でないモーツァルト。
だが、ダ・ポンテの語るストーリーに、次第に興味を示す。
そして、その日から二人での共同作業が始まった。
音楽史上に燦然と輝くオペラ《ドン・ジョヴァンニ》の創作の裏側を、スペインが誇る巨匠カルロス・サウラが虚実織り交ぜて描く。
名カメラマン、ヴィットリオ・ストラーロとコンビを組み、巨大なセットをしつらえ、18世紀ヨーロッパの雰囲気を再現。
二人の“映像の魔術師”は、音楽とドラマとが融合した華麗な世界を構築した。
というわけで。
いや、もう、書きたいことはこれだけというかね;;
《ドン・ジョバンニ》誕生秘話、みたいな感じですから。
そこに、ダ・ポンテ自身の恋物語を織り交ぜ、彼が語るストーリーの中でダ・ポンテ自身がドン・ジョバンニとして登場したり。
現実と虚構のあいまいさが、魅力でもあり、ややこしくもあり。
ちょっと中だるみかな~?と思うところもありますが、オペラ《ドン・ジョバンニ》をご覧になったことがある方は、また興味深く見れると思うし。
これから見る機会があれば、知ってるとさらに楽しめるかもね。というお話です。
オペラに馴染みがなくてもさっぱり分からないという部分はなく、《ドン・ジョバンニ》の名場面がいろいろ見られるので、実際に見る前の入門編という役割も果たすのでは?
ストラーロの映像は今回も陰影が効いてドラマティック、ストーリーを盛りたてる、というか、すでにストーリーの一部という感じですね。
ちなみに、ドン・ジョバンニはドン・ファンのこと。
カサノヴァがこだわるのも納得?
ユダヤ人の子供たちが並んで洗礼を受けている。
自分もユダヤ人であるジャコモ・カサノヴァは、儀式を苦々しく見つめていた。
少年エマヌエーレは、改宗する決心がつかず、洗礼の列から離れるが、足を踏み入れた図書館で『神曲』と出会う。
美しいベアトリーチェの挿絵に魅了された彼は、書物を読む自由と引き換えに、洗礼を受け入れた。
こうして、エマヌエーレはロレンツォ・ダ・ポンテと改名した。
青年となったダ・ポンテは、神父でありながら、カサノヴァを師と仰ぎ、放蕩三昧の日々。
また、文筆の才能を発揮し、教会の権力を皮肉る過激な作品を発表することもあった。
秘密結社にも属していたことがバレて、教会に反逆したとしてヴェネツィアからの15年間の追放を言い渡される。
カサノヴァはダ・ポンテに、ウィーンに行くことを薦め、イタリア生まれの作曲家アントニオ・サリエリへの紹介状を託す。
ウィーンについたダ・ポンテはサリエリを訪ねる途中、モーツァルトと出会う。
オペラのリハーサルを行なうサリエリを訪ねたダ・ポンテは、そこで皇帝ヨーゼフ二世に紹介される。
放蕩者との噂のダ・ポンテに興味を抱いた皇帝は、彼にモーツァルトと組んでオペラの新作を書くように言う。
ダ・ポンテの台本による《フィガロの結婚》は大評判となり、皇帝にも気に入られた。
数年後、今やウィーンの人気劇作家となったダ・ポンテは、愛人にした人気歌手フェラレーゼを伴ってカサノヴァを訪ねた。
彼は回顧録を執筆している最中だった。
カサノヴァは、新版《ドン・ジョヴァンニ》をモーツァルトと作るように、ダ・ポンテに助言する。
ダ・ポンテはサリエリと一緒にモーツァルト宅を訪れ、その計画を話す。
しかし、すでに何度も舞台化されていると、乗り気でないモーツァルト。
だが、ダ・ポンテの語るストーリーに、次第に興味を示す。
そして、その日から二人での共同作業が始まった。
音楽史上に燦然と輝くオペラ《ドン・ジョヴァンニ》の創作の裏側を、スペインが誇る巨匠カルロス・サウラが虚実織り交ぜて描く。
名カメラマン、ヴィットリオ・ストラーロとコンビを組み、巨大なセットをしつらえ、18世紀ヨーロッパの雰囲気を再現。
二人の“映像の魔術師”は、音楽とドラマとが融合した華麗な世界を構築した。
というわけで。
いや、もう、書きたいことはこれだけというかね;;
《ドン・ジョバンニ》誕生秘話、みたいな感じですから。
そこに、ダ・ポンテ自身の恋物語を織り交ぜ、彼が語るストーリーの中でダ・ポンテ自身がドン・ジョバンニとして登場したり。
現実と虚構のあいまいさが、魅力でもあり、ややこしくもあり。
ちょっと中だるみかな~?と思うところもありますが、オペラ《ドン・ジョバンニ》をご覧になったことがある方は、また興味深く見れると思うし。
これから見る機会があれば、知ってるとさらに楽しめるかもね。というお話です。
オペラに馴染みがなくてもさっぱり分からないという部分はなく、《ドン・ジョバンニ》の名場面がいろいろ見られるので、実際に見る前の入門編という役割も果たすのでは?
ストラーロの映像は今回も陰影が効いてドラマティック、ストーリーを盛りたてる、というか、すでにストーリーの一部という感じですね。
ちなみに、ドン・ジョバンニはドン・ファンのこと。
カサノヴァがこだわるのも納得?
友人が経営する債権回収会社で取立て屋として働くサンフン。
彼は手加減のない仕事ぶりで仲間からさえ恐れられていた。
ある日、サンフンは道ですれ違った女子高生、ヨニの胸元に誤ってつばを吐いてしまう。
サンフンの粗暴な態度にも彼女は一歩も引かない。
そんな2人は何故かひかれ合うようになる。
サンフンは幼い頃、父の暴力が原因で母親と妹を亡くしていた。
愛を知らずに育った彼は、社会の底辺にしか居場所がなかった。
苛立ちをぶつけるかのように暴力的にふるまってしまうのだ。
そんな彼が出会った女子高生、ヨニ。
彼女も、また、暴力によって母親を亡くし、父親や弟に悩まされていた。
最悪な出会いをした2人の奇妙な交流が始まった。
虐待された子供は虐待するって言うよね?
それは多分、他に対処の仕方が分からないからなのかもしれない。
教わったり経験したりしたことがないことは、なかなか出来ないものだ。
サンフンの他人との関わりが、暴力が基本となってしまうのは、悲しいことだが、仕方のないことなのかもしれない。
だが彼には内に秘めた優しさがあった。
甥っ子や異母姉に対するぶっきらぼうな愛情表現がその証拠だ。
では、父親に対してはどうなのか?
父親はひと月前に出所したばかり。
よく、身内を殺された人が犯人を同じ目に遭わせてやりたいというのを聞く。
殺されたのも殺したのも身内なら、どうする?
自分でもよく分からないチリチリとしたものがサンフンを暴力に走らせている気がする。
実はヨニの家庭の方が、現在の事態は深刻だ。
が、二人は互いのことはあまり語らない。
ヨニは母親が死んだことも言わないし、何不自由なく暮らしていると言う。
サンフンも仕事のことは言わないし、もちろん自分の身に何があったかも言わない。
お互いに言わないし、訊かない。
だけど、お互いにいわゆる“同じ匂い”を感じ取っているのじゃないだろうか?
だから、敢えて訊くことを、話すことをしないのじゃないだろうか?
二人はひかれ合っているが、それは恋とかとは違う気がするし、友情ともちょっと違う気がする。
サンフンが甥っ子を連れてヨニと街を歩くシーンがある。
微笑ましくて、何だか理想の家族みたいだ。
二人が求めて得られなかったものが、そこに存在していた。
そんな日々がサンフンに影響を与えたのか、彼は少しずつ変わっていく。
だが、そんな矢先に事件が起きる。
マトモに生き直そうとすると、幸せに一歩踏み出そうとすると、何故か、何かに足元をすくわれてしまうのだ。
足を洗ったサンフンの友人が開店した焼肉屋に笑顔で集う、サンフンの父親、異母姉、甥っ子そしてヨニ。
人はそうやって、何もなかったように生きていかなきゃいけないのだ。
そうでないと、やっていられない。
それでも、それは追いかけてくるのだけど……。
ご注意:『暴力』が存在した家庭の子供だったあなた様へ。
もしかしたら、フラッシュバックを起こすかもしれません。
そこまでいかなくても、押し込めた辛い記憶がスルスルと這い出してくる可能性は非常に高いです。
全く読めないハングルのエンドロールを眺めながら、私は私の記憶に泣いていました。
彼は手加減のない仕事ぶりで仲間からさえ恐れられていた。
ある日、サンフンは道ですれ違った女子高生、ヨニの胸元に誤ってつばを吐いてしまう。
サンフンの粗暴な態度にも彼女は一歩も引かない。
そんな2人は何故かひかれ合うようになる。
サンフンは幼い頃、父の暴力が原因で母親と妹を亡くしていた。
愛を知らずに育った彼は、社会の底辺にしか居場所がなかった。
苛立ちをぶつけるかのように暴力的にふるまってしまうのだ。
そんな彼が出会った女子高生、ヨニ。
彼女も、また、暴力によって母親を亡くし、父親や弟に悩まされていた。
最悪な出会いをした2人の奇妙な交流が始まった。
虐待された子供は虐待するって言うよね?
それは多分、他に対処の仕方が分からないからなのかもしれない。
教わったり経験したりしたことがないことは、なかなか出来ないものだ。
サンフンの他人との関わりが、暴力が基本となってしまうのは、悲しいことだが、仕方のないことなのかもしれない。
だが彼には内に秘めた優しさがあった。
甥っ子や異母姉に対するぶっきらぼうな愛情表現がその証拠だ。
では、父親に対してはどうなのか?
父親はひと月前に出所したばかり。
よく、身内を殺された人が犯人を同じ目に遭わせてやりたいというのを聞く。
殺されたのも殺したのも身内なら、どうする?
自分でもよく分からないチリチリとしたものがサンフンを暴力に走らせている気がする。
実はヨニの家庭の方が、現在の事態は深刻だ。
が、二人は互いのことはあまり語らない。
ヨニは母親が死んだことも言わないし、何不自由なく暮らしていると言う。
サンフンも仕事のことは言わないし、もちろん自分の身に何があったかも言わない。
お互いに言わないし、訊かない。
だけど、お互いにいわゆる“同じ匂い”を感じ取っているのじゃないだろうか?
だから、敢えて訊くことを、話すことをしないのじゃないだろうか?
二人はひかれ合っているが、それは恋とかとは違う気がするし、友情ともちょっと違う気がする。
サンフンが甥っ子を連れてヨニと街を歩くシーンがある。
微笑ましくて、何だか理想の家族みたいだ。
二人が求めて得られなかったものが、そこに存在していた。
そんな日々がサンフンに影響を与えたのか、彼は少しずつ変わっていく。
だが、そんな矢先に事件が起きる。
マトモに生き直そうとすると、幸せに一歩踏み出そうとすると、何故か、何かに足元をすくわれてしまうのだ。
足を洗ったサンフンの友人が開店した焼肉屋に笑顔で集う、サンフンの父親、異母姉、甥っ子そしてヨニ。
人はそうやって、何もなかったように生きていかなきゃいけないのだ。
そうでないと、やっていられない。
それでも、それは追いかけてくるのだけど……。
ご注意:『暴力』が存在した家庭の子供だったあなた様へ。
もしかしたら、フラッシュバックを起こすかもしれません。
そこまでいかなくても、押し込めた辛い記憶がスルスルと這い出してくる可能性は非常に高いです。
全く読めないハングルのエンドロールを眺めながら、私は私の記憶に泣いていました。